第二十九話 心を強くする幾つかの方法

 

 

 田島謙治。
 誕生日:11月2日
 成績:学年上位を常にキープ
 得意科目:物理・数学など。理数系に強い。
 部活動:エアライフル部。他未公認ながら幾つかの部を掛け持ち。
 性格:真面目。法や上下関係を重んじる傾向。やや臆病な面あり。
 etcetc……

「……そうでもないわよ。」
 麗華は財閥令嬢、ということもあって、望まずとも周囲にいる人間の綿密な調査が行われている。普段はそんなもの見ることもなかったのだが、何の気まぐれか、ふと謙治の調査票に目を通したくなった。
 麗華の普段の行動は運転手も兼ねた彼女専門の執事が警護・監視をしていることになっている。幼少の頃から仕えている運転手だが、彼女たちが夢魔と戦っていることはまだ実家の知るところではない。
 なし崩し的に夢魔との戦いを知った運転手に聞いたことがある。知らせなくて良いの? と。答えは実にシンプルだった。
『私はお嬢様の為に働くのが仕事であり、喜びであります。』
 そんなわけで身の安全のことを毎度のように言われるが、暗黙どころか逆に協力してもらっているような状態だ。ありがたいと思う反面、嘘をつかせているのが申し訳なく思う。
 それでも本来の性格か、感謝や謝罪を素直に言い出せないのだが、それすら見透かされているような気もする。
「何がでございますか?」
「ん? 何でもないわ。」
 いつもの車中。知っている事実とは違う内容の報告書に思わず声が出てしまった。
「左様でございましたか。
 まぁ、確かに人を紙切れで判断するのは早計というもの。しかしそれ故に都合のいい場合もございますな。」
「…………」
 付き合いが長いせいか、あっさりと考えを読まれてしまう。普段頑張って猫を被っているつもりだが、この運転手の目は誤魔化せない。彼と仲間の前ではついつい「地」を隠しきれなくなる。
「そろそろ学校でございます。」
 そしてまた上手くはぐらかされる。
「行ってくるわ。」
「はい、行ってらっしゃいませ。
 お帰りはどうなさいますか?」
 ドアから身体半分出したときに聞かれる。
「……先に戻ってていいわ。」
「畏まりました。」
 一礼をするとリムジンが走り去っていく。
 でも必ず何かあればすぐに来られる位置で待機しているのだろう。いつものこととはいえ、過保護な気がしないでもない。とはいえ、何かあったら頼ってしまうのが育った環境と言うべきなのかも知れないが。
(……お嬢様、ってやっぱり近寄りがたいものなのかしら?)
 生まれたときから「お嬢様」で他の世界を知らないから自分の考え方が「普通」なのかどうか判断しづらい。
「あ、麗華ちゃんおはよう!」
 そんなことはちっとも気にしない元気な声がかけられる。
「今日は車だったんだ。」
 微妙に語尾に寂しそうな響きが混じる。
 付き合いが長くなったせいもあるが、美咲が結構寂しがり屋だってことが分かってきた。でも美咲自身そう思われるのは好ましくないようで、気付かない振りをした方がいいようだ。それでも、
「今日はちょっと時間がピンチだったのよ。本当はいけないんでしょうけどね。」
 と、小さく舌を出して戯(おど)けてフォローを入れる麗華。
「わ、ズルいんだ〜」
「ふふん、いいでしょ。」
 そんなことを言いながら二人揃って学校へ入っていった。

 時は飛んで一気に放課後。
 美咲は友人の法子に連れられて行方知れずに。隼人はおそらく校内で、謙治は何処へ行ったのやら。
 特にすることもなく、何となくぶらぶらと校内を歩く麗華。運動部が部活をしている運動場を眺めていると、その一角に人が集まっているのが見えた。
「……?」
 黄色い歓声が上がっているところを見ると、女の子が多いようだ。それでも静まっている時間もあるのだが……
 部活にさしたる興味もなかった麗華。特に運動系には全く詳しくないので、その場所が何の活動なのかはサッパリである。
 軽い気持ちで足を向けてみると、微妙に嫌な予感が頭をよぎる。
 見えた。
 なんか細長い棒状の――いや、ライフルを構えたメガネの少年が十メートル程先の的を睨み付けていた。
(うわ。)
 その横顔は見覚えがありすぎた。どうやら射撃練習所らしい。
(そういえばエアライフル部、って書いてあったわね。)
 あんまり調子が良くないのか、狙う時間が心なしか長いような気がする。
「あ、あの、神楽崎先輩ですよね?」
 そんな風にフェンス越しにぼんやり眺めていると、下級生らしい女の子の二人組に声をかけられる。誤魔化しようもないので、小さく肯くと二人がキャーキャー声を上げる。
「神楽崎先輩が憧れなんです!」
「あたしも先輩みたいになりたいんです!」
 キラキラした視線を向けられるとどうも居心地が悪い。そう、と素っ気ないくらいで返事をすると「やっぱり素敵ー」なんて言われてどうしたらよいものか。
「で、これは何の騒ぎ?」
 仕方なく強引に話題を変える。
 麗華の言葉に下級生二人は一瞬お互いを見ると、憧れの先輩と話が出来るのが嬉しいのか、上気した顔で説明を始める。
「田島先輩です、田島先輩! 今エアライフル部のホープなんですよ!」
「夏休みくらいから秘密で特訓したのかメキメキ腕を上げたんです!」
 反射的に分かってるわよ、と言い出しそうになるのをぐっ、と堪える。夢の世界という便利な場所が使えるようになって、気が向いたときにずっと練習しているのを見ている。
「そう。」
「それにつれてファンの女の子も増えたんですよ。ファンクラブも出来たんじゃないでしょうか?」
「そ、そう……」
 いけない、ちょっと動揺している。
 それを誤魔化すように、何気ない振りでライフルを構える謙治に顔を向ける。やはり慣れないギャラリーに今一つ集中できていないようだ。
「なにやってるのよ。」
 ぼそり、と呟いたところで不意に謙治がライフルから目を離した。何かを探すように視線をさまよわす。
(まさか、ね。)
 なんて思ったら、謙治の視線が麗華の上で一瞬止まる。
(え?)
 するといきなりライフルを構え直した謙治。その口元には小さく笑みが浮かんでいた。ギャラリーの中に緊張が走る。
「あ、出ました。田島スマイル! あれが出ると一気に百発百中なんです!」
 それも分かってるわよ、と言いそうになるのをぐっと堪える。あの笑みは何かピンチの時に「僕に任せて下さい」という時の――そして密かに麗華が好きな――顔だ。
 ライフルを構え、撃つ。その動作を淡々と繰り返すが、結果は見ずとも分かる。双眼鏡を持った部員が結果を叫ぶと、周囲のギャラリーから興奮したような歓声が上がる。
 周囲の喧噪も気にした様子もなく、ライフルを確認して置くと、今度は最短距離で麗華に顔を向ける。にっこりと「どうですか?」と言わんばかりの笑顔に麗華の心臓が跳ね上がった。
「っ!!」
 思わずフェンスを背にその笑顔から逃れるように座り込む。まるで全力疾走した直後みたいに頬が紅潮し、息が荒くなる。
(なんなのよいったい……)
 バクバク言う心臓に悪態をつく。
「どうかされたんですか?」
 下級生二人が心配そうに顔を覗き込んできた。人前で無様な姿を見せられない、というようなお嬢様気質がどうにか平静を繕わせる。
「あ、会いたくない人が見えたのよ。」
 そんな人がいるんですかー、と半信半疑ながらも下級生二人がその人物を探すようにギャラリーを眺めている間に、それじゃあ失礼するわ、と断って、麗華はそそくさ立ち去って行った。

(なんなのよ一体……)
 落ち着きを取り戻すと、どこか自己嫌悪に陥る。
(まるで逃げているみたいじゃない。)
 まるで、どころじゃなく事実そうであったが、それを認めるのは彼女のプライドが許さなかった。
「別に私は謙治の事なんて……」
 口に出して確認しようとしている時点でどこか手遅れのような気がするが、どこか煮詰まった頭ではそこまで考えが回らない。
 敷地の外れの木立の中、ぼんやり空を眺めていると、不意に草や落ち葉を踏む足音が聞こえてきた。
 別に関係者以外立入禁止、って場所でも無いし、部活によってはランニングのルートにもなっているから、人が来ない場所ではない。
 物音に半ば反射的に振り返ると、野球部なのだろうか、手にバットを持ったユニフォーム姿の男子生徒が二人見えた。
「?」
 ランニングにしてはバットを持って、というのはおかしい。素振りするには周囲の木が邪魔になるだろう。というか、なんか目つきというか雰囲気がおかしい気がする。
 そして彼らが麗華に向かって走ってきても何が起きたのかすぐに反応できなかった。
「!」
 反射的にバックステップで距離を開けると、それまで麗華のいた場所にバットが力任せに振り下ろされる。
「何よ一体!」
 野球部に恨みを買った憶えはない。まぁ得てして人は知らないところでどう恨まれているか分からないものだ。美人で通っているなら尚更かもしれない。
(……ってそういうのとは違いそうね。)
 手にあるのは通学カバンのみ。武器としてはとても心許ない。
(美咲や隼人じゃないから無理ね。)
 多少槍を習い始めたとはいえ、まだまだ実戦に耐えうる腕前ではない。それを判断すると、一目散に逃げ出す。できるならどこか人の多いところに出たいのだが、男女の体力差もあり一直線に逃げないと追い付かれそうだ。
 向こうはどう考えても正気じゃない。一撃でも受けたらきっとアウトだろう。
 さてどうする?
 逃げるにしてもいずれ追い付かれる。正気でないとしたら、生半可な攻撃では昏倒させられないだろう。
(こうなったら……!)
 素早く反転すると、通学カバンで頭をガードしながら身を低くする。そして追いかけてくる野球部員の間を転がるようにすり抜けた。
(抜けたっ?!)
「きゃっ!」
 長く伸びた髪を一瞬掴まれ、バランスを崩してその場に倒れ込んでしまう。
 勢いよく転んであちこちが痛い。
 どうにか立ち上がるが、足を引きずりながらで全力で走れない。
(こんなことで……)
 理不尽さに腹が立つ。
 自分が無様に逃げているのも腹立たしい。
 対抗できる「力」はあるのだが、人間相手に使うには強すぎる。力の行使に躊躇していると、すぐ側まで野球部員二人が迫っていた。手にしたバットが頭上に振り上げられた。

「神楽崎さん!」
 殴られる、と思った瞬間、聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。バットが身体を打つ音はどこか爆発めいた音がするんだなぁ、とか思ったよりどころか全然痛くないんだ、とか色んな事が一瞬の間に脳裏をよぎる。
 そしてもう一度爆発音が響くと、周囲に静けさが戻る。
「……?」
 なんかおかしい。
「神楽崎さん!」
 慌てたような足音が近づいてくる。いつの間にかに座り込んでいたようだ。痛む身体にむち打って振り返る。さっきまで暴れていた野球部員が地面に倒れていて、遠くからメガネをかけた少年が必死に走ってくるのが見えた。
「謙治……」
 さっきまでエアライフル部で射撃をしていたはずの謙治がなぜここに?
「ハァ…… ハァ……」
 余程全力疾走したのか、肩で荒く息をしながらも、手にしたライフルとは違う長めの銃器を油断なく構えている。倒れている二人が完全に気絶しているのを確認すると、ハァ〜と大きく安堵の深呼吸をする。
「間に合って…… 良かった…… です。」
 息も絶え絶えでなかなか落ちつかない謙治を見ていると、さっきまで危機一髪だったことを忘れそうになってしまう。
 いや、やっぱりそんなことはない。
「謙治。」
「はい?」
 無言で手を伸ばすと、意図を理解したのかその手をとり立たせる。
 手を握ったままジロリと睨み付けると、何か悪いことをしたのか、と慌てて手を離して、謙治が身を竦ませた。
「……黙って立ってなさい。」
「?」
 ポツリと呟いてから、いきなり麗華は謙治に抱きついた。その肩に顔を埋めるようにすると、謙治の温もりを確かめるように回した腕に力を込める。
「え? あの? ええっ?!」
「黙りなさい。
 ……大丈夫。すぐに戻るから。」
「わ、分かりました。」
 戸惑う謙治だが、少女から小さく震えを感じて、そのままさせたいようにした。それでも伝わってくる温もりと柔らかさに頬が熱くなるのはどうしても止められなかった。

 そのまま謙治に肩を借りながら保健室まで行った二人。何故か保健室の前では隼人が普段に輪をかけて仏頂面で立っていた。
「田島。そういう行為は感心しないな。」
 二人を等分に見てから隼人がポツリと呟く。反論しようとする前にドアの前からどけて中に入るように促す。
 微妙にもやもやしながら保健室の中に入ると、中は怪我人で溢れていた。
「手が足りないので、自分でできる人はどうにかして…… おや、田島君に神楽崎さん。お二人もですか?」
 保険医の小鳥遊が急がしそうに生徒達の手当をしていた。見た感じ相当数の怪我人が出ているらしい。
「一体何事ですか?」
 怪我の痛みも忘れて、状況の異常さに目を見張る。どうやら襲われたのは自分だけじゃないらしい。
「先生、一体どういうことなんですか?」
「田島君はどう思いますか?」
 麗華の質問を謙治に振りながら生徒の手当を続ける小鳥遊。
「一介の生徒に聞かれても困りますが…… 不特定多数で特に共通点も無し。となると、口に入れる物……」
「なるほど、やはりそう考えますか。急いだ方がいいですね。ちょっと失礼します。」
 手早く生徒の手当を終えると、慌てて小鳥遊が保健室を出ていく。養護教員がいなくなって、仕方なく自分で手当を始める麗華。
 そこに全校放送が入った。
『校医の小鳥遊です。全校生徒に連絡いたします。決して水道の水を飲まないように。そして家に帰っても安全が確認されるまで水を口にしないように。』
「どういうこと?」
 誰も質問に答えてくれなくてちょっと拗ね気味の麗華にやっと気付いたように謙治が振り返る。
「小鳥遊はか……いえ、先生の仰るとおり水道にきっと何かあったに違いありません。ただ……」
 ここで謙治が声を潜ませる。
「もしかすると…… 僕達の出番かも知れません。」
「まさか!」
「別に何か異常な事