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夢の勇者ナイトブレイカー第三十二話 未来に託す願い

第三十二話 未来へ託す願い

 

 

「若……」
「いや、分かってる。」
 人の気配が失せた石造りの建物の中でバロンと老人が沈痛な表情を浮かべていた。
 現実世界と夢幻界の狭間にあるバロンの居城。あちこちに崩壊の予兆が見られ、どこか室内も薄暗くなっている。
「俺はきっと間違った方向に進んでいるのだな。」
 そう言うバロンだが、その顔には自信が見え隠れする。
「若。儂は若が進む道をお手伝いするだけでございます。」
「……本当にすまないな。」
 バロンがそう言うと、老人が破顔一笑する。
「いやはや。若のその顔を見られただけで、十分儲けた気分ですぞ。」
「おいおい。」
 苦笑を浮かべるバロンだが、不意に今思い出したような顔でコホンと咳払いをする。
「あ、そうだそうだ。爺、ちょっと出かけてくる。」
「おや、お出かけでございますか?」
 わざとらしい口調の老人なのだが、ソワソワしているバロンは気づいてない。
「ああ『向こう』にな。」
「左様でございましたか。お気を付けの程を。」
「ああ。」
 黒い装束でマントをひるがえして、部屋を出て行くバロン。その背に聞こえるか聞こえないかくらいの声で老人が呟く。
「では、ハヤト殿と、特にミサキ殿によろしくお伝えくださいませ。」
 壁の向こうで何か慌てたような音が聞こえたかもしれない。
 バロンを送り出すと、老人はそれまで柔和だった表情を引き締め深く考え込む。
「……考えてもまとまりませぬな。」
 ふとバロンの立ち去った方に目を向ける。
「ふむ。」
 さっきとは違う方向に思考がまとまったのか、老人もそそくさと部屋を出て行く。
 人気が全くなくなると、がさりと部屋の壁の一部が崩れる。そのガレキは床に落ちる前に空気に溶け込むように消えていった。

「またか……」
 口調とは裏腹に、どこか楽しげな声に和美がはぅ〜と申し訳なさそうに情けなくへこたてる。彼の言うところの「向こう」である現実世界。そこに着いて、適当に歩いていたら見知った少女が絡まれているのが見えたので以下略、というわけだ。別に見知ってなくても女性の味方であるバロンが助けない理由は無いのだが。
「まぁ、俺が通りかかって運が良かったな。……ま、こいつらも見る目はあった、ってことかな?」
「え……」
 まだまだ中学生とはいえ、将来が楽しみな容貌の和美である。いきなりそんなこと言われたら言葉の一つでも失いたくなる。
「まぁ、でもこいつらは少し我慢が足りなかったな。あと三年も…… いや五年か?」
 存外に子供だ、って言われているのだが、そういう嫌味を感じさせない爽やかな口調なのが憎めないというか何というか。
 と、そんなことを言ったバロンがふと眉を顰める。
「しかし…… ミサキみたいな場合もあるからな。別に今でもいいのか?」
「いや、それは美咲お姉ちゃんに…… その、失礼かと。」
「カズミ、」
 不意にバロンが真剣な顔で和美を振り返る。その表情の鋭さに、小さな胸が思わず跳ね上がる。
「逃げるぞ。」
 和美の手を引き、ちょっと考えてからヒョイと抱え上げる。
「わっ。」
 少女に絡んでいた不良を叩きのめしたまま結構な時間が経っていた。気づかずに話をしていたのだが、いい加減人が集まってきていた。
 和美が大病を患っていたというのは何かの折りに聞いたことがある。難しい手術を受け完治したそうだが、それでも長年の病院暮らしによる体力の無さはすぐにはどうにもならない。
「あ、えと、あの!」
「なに、全然軽いさ。」
「そ、そうじゃなくて……」
 いきなり「お姫様抱っこ」されて恥ずかしいのだが、この胸のドキドキは別の理由じゃないだろうか?
 そっと視線を上に向ける。
 精悍ながら整った顔立ち。どこか楽しげに口元に笑みを浮かべ、その目には何でもできるという自信の光が宿っている。
(もてるんだろうなぁ…… って、あたし何考えてるの?!)
「軽いとは言ったが、動かれるのはちょっとな。もう少し我慢していてくれ。」
 そう耳元でささやかれ、抱きかかえる腕にも少し力がこもって密着すると、痺れたかのように動けなくなる。
(うわーうわー)
 兄隼人と比べても遜色ないハンサムであるバロン。ただ、兄と比べて女性との態度は天と地ほどもある。妹というフィルターがかかっているからなおさら適当なのと比べると、バロンの振る舞いはまさに「女性の為の騎士」そのものである。
 夢のような長いような短いような時が過ぎ、ひょいと公園のベンチに下ろされる。
「適当に走ったが…… カズミ、ここがどこだか分かるか?」
「は、はひ?!」
 動悸を沈めるのに一生懸命で、いきなりかけられた言葉に思わず変な声を出してしまう。そんな和美を一瞬驚いたような顔で見ていたバロンだが、笑いを堪えるようにクックックと喉を鳴らす。
「ひどいです!」
 ぷーっと膨れて横を向く和美の前に手品のように魚の顔が突き出される。正確に言えばタイ焼きであった。
「女の子は甘い物に弱い、というからな。食べ物で釣る、となると聞こえが悪いが、これで機嫌を直してくれるとありがたいが?」
「…………だまされてあげます。」
 食い意地が張っている訳じゃないが、差し出されたタイ焼きがとても美味しそうに見えたのと、何かそれが「特別」に感じてしまったからだ。
「ミサキだとまず驚かないからな……」
(あ……)
 どこか胸がイタイ。
(バロンさんも……なのかな?)
 隼人が美咲に好意、いやそれ以上、またはそんなのとは全く違う気持ちを抱いているのは隣で見ていてよく分かる。
 えらく進んだ話になるが「お姉ちゃん」と慕う美咲が、本当に「お姉ちゃん」になってもいいとまで思っている。
 でも……
「どうしたカズミ。具合でも悪いのか?」
「ひゃっ!」
 よほど考え込んでいたに違いない。いつもの自信タップリな笑みの中に優しさと心配の入り交じった眼差しで見つめてくる。
「あ、いえ、その、ちょっと考え事を。」
「そうか…… 俺で良かったら、ってわけにもいかないか。」
ちょっと表情に陰が降りる。口にはしないが、すでに形だけとはいえ美咲や隼人達の「敵」の側にいるのだ。そのことがどこか引け目になっているのだろう。
「そうじゃなくて、あの、」
 聞いてもいいんだろうか? 聞いたところで自分に関係無いことじゃないだろうか?
(でも……)
その時はどうしてそんな質問をしたのか、できたのかは憶えてない。でもそんな予兆があったのかも知れない。
「美咲お姉ちゃんのこと、どう思っているんですか?」
「…………」
 バロンが固まった。この姿を見られただけで、胸のモヤモヤがちょっとスッキリする。
「……すまんカズミ。もう一回言って……いや、やっぱり言わなくていい。」
 本当にもう一度言おうとした和美を遮って、バロンがん〜と悩む。ひとしきり唸ってチラリと和美を窺うと、どこか真剣な眼差しで見ている。
「誤魔化すわけには、いかないか。」
 隣失礼、と和美の横に腰掛ける。
「正直なところな、よく分からない。」
「…………」
 急に自分の聞いたことに気づいて、思わず赤くなりながら顔を伏せる和美にバロンは言葉を続けた。
「俺はきっとどこかミサキを必要としているに違いない。ハヤトとは違う意味なんだろうけどな。ただ、それが何かってことはそれこそ分からないわけだが。」
 まだうつむいている和美の頭をクシャと撫でる。こう「しょうがない奴だな」とちょっと乱暴ながらも、兄とはどこか違う感触。思わず胸が高鳴る。
「そうかそうか、カズミも俺のことが気になってしょうがないか。罪な男だな俺も。」
 冗談めかした言い方だけど、そこにわずかだけど寂しげな響きが混じっているのに気づいた。
(何か…… あるのかな?)
 きっと「敵」とか「味方」とかそういう話だけじゃなくて、もっと深く、そして誰にもどうしようもできない問題が。
「あの…… 大丈夫なんですか?」
 どんな意味で聞いたかは分からないけど、それを聞いてバロンが不意に表情を和らげる。さっきとは違う、どこか親愛の情の混じった手つきで、優しく和美の髪を撫でた。
「カズミは良い子だな。」
「こ、子供扱いしないでください……」
 反論する言葉に勢いもない。
「レディの扱いをお望みならそれでもいいが…… これくらいじゃ済まないぜ。」
「……こ、子供扱いでいいです。」
 笑顔の意味に気づいた和美がちょっと引いたのを見て、バロンは楽しげに笑った。そこにはさっきまで見え隠れしていた「陰」は感じられなかった……と思う。

「と言うわけで、もう少しカズミを見ていた方がいいぞ。」
「俺はお前と違って暇じゃない。……でもすまなかったな。また貸しができたか。」
 参ったな、と隼人がバロンの拳を受け流しながら呟く。
「なに、今度カズミから『ご褒美』の一つでももらうさ…… って、今のはちょっと怖かったぞ。」
「うるせぇ。」
 いきなり本気になった隼人の蹴りを後ろに飛んで大きく避けると、バロンはニヤリと笑みを浮かべた。
 いつもの寺の境内で隼人とバロンが組み手をしていた。バロンはあの後、和美を家まで送ったのだが、やはり暇を持て余していた。思いついてここまで来たら隼人が鍛錬をしていた、というわけだ。さすがに和美に絡んでいた奴程度では準備体操にもならず、ちょっと身体を動かしたい気分でもあった。
 ……余計なことを考えたくなかったのかもしれないが。
「で、何を悩んでいるんだ?」
 バロンの動きに乱れを感じて、放たれた拳を受け流した時に、反撃の肘の代わりに言葉を放つ。それが急所に入ったのだろう、バロンの動きがピタリと止まった。
「……お前ら兄妹はどうしてこうも無駄に鋭いんだ?」
 どこか諦めの入った顔でバロンが構えを解いた。どうやら今日はもう無理のようだ。
「俺でも気づいたんだ。美咲なら間違いなくお前が白状するまで聞き続けるぞ。」
「そうだな。」
 自分のことに関しては疎いくせに、人のことになると自分のこと以上に心配する少女が脳裏に浮かんで渋い顔をする。
「駆け引きは苦手だからな。俺は聞いた方が良いのか? 聞かない方が良いのか?」
「……そうだな。ハヤトには言っておいた方が良いか。いや、お前だから聞いて欲しい。分かってると思うが……」
「ああ、美咲と和美には絶対言わない。」
「よし……」
 寺の境内の真ん中に腰を下ろして隼人と向かい合うとバロンは語り始めた。

「…………」
 事は想像していたよりも重大だったらしい。バロンの語った内容に言葉を失う。
「おいおい、今度はお前がミサキに何があったか聞かれるぞ。」
 言ってしまったことで少し気が晴れたのか、立場が逆転してしまっている。
(参ったな……)
 聞かなきゃ良かった、と思うが、今更時間を戻すことはできない。その時が来たときに考えるべきなのだろう。
「これでこれまでの借りは帳消しだな。」
「おいおい、俺はまだ『ご褒美』貰ってない…… って、ホントに妹の事になると容赦ないな。」
 座った状態から瞬時に立ち上がって蹴りを繰り出したのを転がりながら避けて立ち上がる。うやむやの内に「組み手」にしては激しすぎる技の応酬が始まった。

「はて……」
 老人が街を歩いていた。
 何度か物資を調達するために訪れた事があるが、今回は目的もなく歩いていたために、すっかり現在地を見失ってしまった。
 急ぐ用があるわけじゃないから困らないのだが、でもいずれ困ることになるだろう。
「やれやれ……」
 長く歩いたせいか少し疲れたようだ。ただでさえ「法則」が違う世界に来ているので無理は禁物だろう。
「まぁよい。時間はある。」
 日差しはきっと弱いのだろうが、作り出された光とは全く違う「暖かい」光。人々は楽しげに談笑をしてあちこち歩いている。
 あの「城」の中では見られない光景だ。
「良い光景ですな……」
 自分の「若」がこの世界に遊びに行くのを楽しみにしているのが分かるような気がする。そして「この世界」で知っている二人の少年少女。「敵」であるはずなのだが、とても微笑ましく好感が持てた。
(この世界は良いですな……)
 と、ふと「平和」に身をゆだねていると頭に冷たい物が当たる。
「おや?」
 青い空から無数の水滴が降ってきた。
「なんと?!」
 雨という現象は知っていたが、あれは雲があってこその現象で…… こちらの世界の事を思い出そうとしていると、いきなり冷たい物の襲来が収まった。
「雨に濡れると身体に悪いですわ。」
 一人の少女が自分の頭上に水滴を遮るように円形の物を掲げていた。その後ろでは一人の少年が自分と少女を水滴から守るように同じような物を手にしている。
「天気雨ですからすぐ止みますわ。」
 少女の言葉通り数分でその「天気雨」が止んだ。少女が空を確認してから、手にした器具を畳んで水を切るように数度降る。後ろの少年も同じようにして器具を畳む。
 差し出がましいことをして失礼しました、と少女がどこか気品の感じられる仕草で礼をすると、少年を連れて立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくだされ!」
 この少年少女に自分の知っている二人を見てしまったのか思わず呼び止めてしまった。
「謙治、今日は何かあったかしら?」
「……いえ、特に記憶してませんが。」
 くるりと少女が振り返ると、ニッコリと笑みを浮かべた。
「お爺さん、どうかなさいましたか?」

「道に迷ってですか、それはお困りでしたわね。」
 少女――麗華と、少年――謙治に案内されて老人はまた街を歩いていた。老人――バロンを「若」として仕えているあの――の記憶にある街並みが見えてくる。
 老人にとって「向こう」の世界に行くためには「門」というべき物を作らなくてはならない。いよいよになったら術で探せば良いのだが、こうして案内されることによってどうにか「門」の目安を付けることができた。
「いや、これでどうにか帰ることができます。是非とも礼をさせてはくださらんか?」
 老人のそんな言葉にも麗華は小さく首を振るだけだ。
「いえ、私たちは大したことしておりませんわ。ねぇ、謙治?」
「ええ、僕たちはたまたまこっちに来る用があったので、そのついでですから。」
 そんなはずがないのは二人が老人の探している場所を聞いて、あそこだろうかここだろうか、と色々探し回った事で分かる。でもそんな態度を微塵も見せずに、さも当たり前のように振る舞う少年少女。
(ミサキ殿しかり、このお二方のような方もいて、若にも切磋琢磨できるような立派な好敵手がおられる……)
「ここは良いところですな。」
「え? ああ、そうですね。住んでいるとなかなか気づきませんけど、よそから来られるとそう思いますか?」
「ええ……」
 老人が目を細める。
「さて、お二方。最後にこの老人の頼みを聞いてくれぬかな?」
「ええ、」
「別に構いませんが……」
「では、ちょっとの間目を閉じてくれませぬか? そうですな、十も数えるくらいで結構なので。」
 疑問に思いながらも、特に疑いもせずに目を閉じる二人。
 老人は一礼をすると「門」を通じて「この」世界から姿を消す。言われた通りに十数えて目を開けると、老人が消えているのに気づいて周囲を見渡す。
「……やっぱり、ね。」
 麗華が驚きもしないで呟く。謙治も何となくだが感じていたのか、そんなにも驚いていない。
「美咲か隼人なら分かったんでしょうけど…… でも別にいいわね。」
「そうですね。でも悪い人には見えませんでしたから。」
「そうね。」
 ドリームティアの恩恵か、老人が「こちら」の世界の人間でないことはうっすらと感じていた。それこそ人の共通の無意識層である「夢幻界」と関わりの深い者なのだろう。それこそバロンという「向こう」の人間なのにヒョイヒョイ遊びに来るのがいるから分かったようなものなのだが。
「そういえば、前に橘さんがバロンの世話役のお爺さんにお世話になった、って言ってませんでした?」
「そういえばそうね…… 憶えていたら後で聞いてみましょ。」
 ま、必要はなさそうだけど、と呟くと、くるりと身を翻す。
「そういえばさっき何か言ってなかった?」
「あ、ええ、ちょっとフレイムカイザーの調整をしたかったのですが……」
 結構時間経っちゃいましたからね、と傾いた太陽に目を向ける。
「そ、その、謙治さえ良ければ私は構わないけど……」
「そ、そうですか。じゃあ、研究所に行きますか…… え〜と。」
 どこかぎこちない口調と態度な二人。つい最近恋人同士になったのだが、まだなってから間もない。そのせいか意識しないように、と逆に意識してしまっているのはご愛敬ということで。
 前よりも数センチ近くなった距離。まだ手を繋げるほどの覚悟もできてないのだろうが、それでもただ一緒に歩く時間ですら楽しい二人であった。

「爺! 爺! おかしいな……」
 居城に戻ってきたバロン。汗を流して着替えると、老人の姿を探す。別に老人がいなくても自分の身の回りくらいどうにかできるが、それでも帰ってから一度も姿を見せないというのは珍しい。
 確かに出掛けることがないわけじゃないが、それでも自分が帰ってくるときは大抵待ち構えている……というとやや語弊があるが、断って出たときも黙って出たときも出迎えてくれるのが常であった。
「……遅咲きの春、とかだったら面白いんだけどな。」
 言ってからそんな老人をちっとも想像できなくて笑いがこみ上げてきそうになる……かと思ったら、そんな気分には何故かなれなかった。
(……嫌な感じがする。)
 戦士としての勘かどうかは分からないが、何か予感めいた物がよぎる。
「爺! 爺! いないのか!
 ……おい! 誰か他にいないのか!」
「若様、」
 侍女の一人がペコリと頭を下げる。
「君は確か……」
 人の住む城を維持するには人手が必要である。しかしバロンの立ち位置が危なくなってきたところで城の使用人を一通り辞めさせたのだ。それこそ、それ以上の面倒に巻き込まないように、と。城の「維持」なら老人一人でもどうにかなる訳なのだが、それでも頑なに城を去らない者もいた。家族がいるならそこから説得もできるのだが、独り身だとそれもできずに残ることを許すことに。
 この侍女もバロンを個人的に慕って残っていた一人だった。
「侍従長様からは口止めされておりましたが、私たち皆お暇を戴きました。」
「……何?」
「侍従長様はどうやらこの城を放棄されるようでした。」
 いきなりのことに言葉を失うバロン。
「それはいったい……」
「これ以上は私の口からは……」
 失礼致します、と頭を下げた侍女がいなくなってもバロンは動けなかった。
「この城を…… 放棄する?」
 空間の狭間にあるバロンの居城。それは言うなれば精神力のような物で維持されている。それまでは何人かの「術師」のような者達が支えてきたわけだが、それらは全て辞めさせて、元あった城の一部だけを老人だけで支えていたのだ。
 それを放棄するとなると「戻る」のか……
「まさか?!」
 城の中を走り回る。すでに必要の無くなったのだろう侍女達の区画がすでに崩壊を始めている。
 どうやらあの侍女の言ったことは間違いないらしい。とても戻れるような状況じゃないとするなら、とるべきもう一つの手段は……
「くそっ、」
 彼にしては珍しく感情をあらわに毒づくと、腕のブレスレットのクリスタルを輝かせ、城から姿を消した。

「……さて、黒き暴風ちゃんとご老人はどこまで頑張ってくれるかしらね。」
 ふふふ、とさっきの侍女がくるりと回転すると、謎めいた美女に姿を変える。その顔にはどこか残酷な笑みが浮かんでいた。

「来たれ闇の翼……」
(そういえばさ、)
 クリスタルを構えて愛機を呼び出そうとしたときに、不意に少女の声が脳裏によみがえる。
(スカイシャドウ、なんだからさ「影の翼」になるんじゃないの?)
「そうかもな、ミサキ…… 影か、確かに俺はそうなのかもしれない。
 ……来たれ影の翼、スカイシャドウ!」
 バロンの影が伸びると、その中から漆黒の翼が現れた。そのジェット機――スカイシャドウがバロンを取り込むと夜の空へと飛び去っていった。

「まったく今回は何事よ!」
 Gフレイムカイザーのランサーが夢魔の一体を貫く。それは瞬く間に爆ぜ、消滅する。今までとは微妙に手応えが違う。
〈そこっ!〉
振り返ったGフレイムカイザーが背後から迫っていた夢魔を斬り捨てる。
 夢魔はいつもよりも小型。しかし数だけはたくさんいた。夢魔出撃の報を受けたものの、その数の多さに苦戦していた。
 分散して対処しているが、それを更に超えて敵が多い。
「ったく、小さい相手は面倒なのよね。」
『ちょっと待ってください。神楽崎さん、済みませんがこちらに敵の映像を送ってもらえますか?』
 ヘキサローディオンの謙治から急に連絡が入る。
「……どういうこと?」
 聞きながらも戦闘の映像を転送する。
『……やっぱり。
 大神君! もしかしてそちらは丈夫な相手に手こずってませんか?』
『ああ、面倒なことになってる。』
 攻撃力が大きいが、やや技量に欠ける――それこそ麗華の問題ではあるのだが――Gフレイムカイザーに動きの速い敵。動きは速いが、やや攻撃力に劣るウルフブレイカーとハンターチームの隼人の所に耐久力の高い敵。となると考えられることはただ一つ。
「時間稼ぎ?!」
『おそらくそうでしょう。こちらも速くて固い敵で砲撃が効きづらく苦戦しています。』
 苦戦している、とはいえ別にこちらがやられるような相手ではない。ただ、相性が悪いせいで倒すのに時間がかかっているのだ。

『時間稼ぎだとしたら目的は……』
「まさかっ!」
 ウルフブレイカーが先陣を切って駆ける最中をハンターチームが後から追い援護する。その戦法を続けているが、やはり攻撃力不足でなかなか倒すに至れない。
「マリン、ランド、二人でここを保たせられるか?」
「主殿の命とあらば。」
「おう、まだまだ暴れたり無いからな。」
 そして上空から羽根手裏剣を投げるスカイハンターを見上げる。
「スカイ! 空将合一だ!」
「りょうか〜い、で何するの? ……って、主様が気にすることって言ったら一つしかないか〜」
 スカイハンターの言葉にマリンハンターもランドハンターもなるほど、と合点のいった表情をする。
「うるさい。……行くぞ!」
「応!」
「「空将合一っ!」」
鋭い声でスカイハンターが応じると、身体を展開させてできた隙間にウェアビーストになったウルフブレイカーを合体させる。
「天翔る空の将! 飛翔変化、ウィングハンターっ!!」
 それは巨大な怪鳥と姿を変えた。
「よし、頼んだぞ。」
 後を二機に託すと、ウィングハンターは空へと駆け上っていた。

「ほ。」
 口調は気が抜けていたが、スターブレイカーの四方から襲ってきた夢魔をコズミックブレードで瞬時に斬り裂く。
「……うわぁ、まただよ。」
 美咲がボヤくと、夢魔がお互いくっついてきて巨大な姿となる。
「えぇと…… こうかな?」
 二本あるコズミックブレードの柄同士を繋げると、それを左右に引っ張る。すると瞬く間に両端に刃の突いた槍となる。
「とりゃぁっ!」
 それを構えると、跳躍して大上段から槍を振り下ろす。その途中にいた夢魔は真っ二つになる。そしてその様子を見た夢魔達がまた新たに変化を始める。
「もう三周目だよ。さすがにボクもちょっと疲れてきたよ……」
 言葉通り次の変化も予想済みなのか、足のキャノン砲を展開させる。
 飛行型になった夢魔に向けてスターキャノンを斉射。倒すのは容易いが、それと同じくらいにまたどこからともなくスターブレイカーを取り囲むように夢魔が現れる。
(さすがにミサキ殿を式獣だけで抑えておくには限度がございますか……)
 他の三機ならいざ知らず、スターブレイカー、いや美咲相手には目立った弱点がない。遠中近どの距離でも的確に対応し、速くなろうが固くなろうが戦い方を切り替えて効果的に倒していく。特出した性能を持たない代わりにどんな敵とも戦え、そしていざと言うときの爆発力は何物にも負けない。それが美咲の強さである。
(やはりミサキ殿にお相手して貰うしかございませぬな。)
 狭い空間の中で老人が呟く。
(ミサキ殿…… この老人の最期の我が儘におつきあい願いますぞ。)
 己が操る獣魔――美咲達から言わせれば「夢魔」――を空間の狭間から実体化させる。視覚を直接現実世界に向け、戦うスターブレイカーを見下ろす。
「!」
 増えた気配に美咲が顔を上げる。回りの夢魔達も動きを止めた。
「ぬしらは他の者どもを足止めするのじゃ。儂は……」
 長衣を纏ったような人型の夢魔が身体に力を漲らせる。
「はぁっ!」
 身体のあちこちからヒラヒラ揺れるリボンのような部分がうごめくと、一斉にスターブレイカーを向く。直後、その先から無数の光条が放たれた。
「!」
 言葉を放つまもなく、迫る光線をあるものは避けて、避けきれない物はコズミックブレードの刀身で弾く。一条が命中したが、まださしたるダメージではない。
 第一陣が済むと、間をおかずに次の光線が放たれる。今度はある程度集中して放ってきたので、大きく動いて回避する。
「くっ……」
 弱点は少ないとはいえ、上空から一方的に光線の雨を降らされては反撃もおぼつかない。少なくともあれに対抗できるくらいの遠距離攻撃能力までは持っていない。
「……コメットフライヤーっ!!」
 せめて戦場だけでも対等にしようと美咲は飛行ユニットを召喚する。美咲に喚ばれて流星のように飛来した白き翼はスターブレイカーの背中に合体すると、その巨体を空へと誘う。
「……?」
 美咲はこの時点で何かしらの違和感を感じていた。目の前の人型の夢魔はまるで美咲が空に来るのを待っていたかのように攻撃の手を止めていた。
(……これで、街への被害は最低限に抑えられますな。)
 ほっと安堵の息をつく老人。
 バロンが楽しみに出掛ける世界を、少女が守りたいと思う世界を傷つけるのは心が痛む。そしてまた、この少女も本当は傷つけたくないのだ。
(しかし…… ご容赦願いますぞミサキ殿。せめてこの身を華々しく散らせることにより、若にしばしの猶予を!)
 また光線を放つ。
 しかし三次元的に逃げ場を得たスターブレイカーは最小限の動きで全てを避ける。と、何かを思い出したかのように背後を振り返った。
「…………」
 決して警戒を緩めてないのも分かる。でも中のパイロットがその動きをしたのだろう。不思議そうにスターブレイカーが首を傾げる。その姿にあの少女の姿が重なって、老人の心に小さな痛みが走る。
 と、いきなりスターブレイカーが戦う意志を無くしたかのように両腕をだらりと下げる。
「……なんと?!」
「分からないけど…… キミとは戦いたくない。ううん、戦えない。」
 少女の気持ちが思念となって老人にも伝わってくる。
「戦ってくださいませ! さもなくば……」
 自分の思念は相手に伝わらないように入念に遮断して、光線を放つ。幾条かはスターブレイカーの装甲を掠めるが、それでも微動だにしない。それどころかもう一度背後を振り返って、確信したかのように頷く。
「ねぇ、わざと外してない? それに街にも当てないようにしているみたいだし……」
「…………」
 老人はこの時になって少女を甘く見ていたことに気づいた。
 老人の思惑としては、敵の中でも最強の相手――スターブレイカーと戦い、そして後一歩及ばずというところで破れれば臣下の命を賭した戦いに主――バロンの立場も若干は良くなるだろう。どのみち、バロンの性格を考えると、美咲達の側に付くのはそう遠くない話だ。その間の「逃げる」時間をわずかにでも稼ぐにはそれくらいしか考えつかなかった。
それなのにこの少女は自分が本気で戦えないことを数度の攻撃だけで見抜いてしまった。
(儂はどうすれば……)
 すでに戦意は失われつつあった。例え「振り」だとしてもあの少女を攻撃できない。
「…………」
 と、動きの止まった老人の夢魔を、スターブレイカーがそのパイロットと同じ真っ直ぐな目で見つめてくる。
「……バロンくんのお爺ちゃん?」
「……!」
 いきなりの指摘に思わず息を飲む老人。驚きで自分の思念を抑えきれず、美咲に自分の直感が正しいことを確信させただけだった。
「ねぇ、どうしたの? バロンくんに何かあったの?!」
 美咲が老人の夢魔に詰め寄る。
「わ、儂は……」

(ま、こんなところか。)

 そんな女性の声が一瞬聞こえた。
 次の瞬間、夢魔の背中のリボン状のパーツが伸びるとスターブレイカーに絡み付く。
「うわっ?!」
「なんですと!」
老人の驚きの声にこれが老人の意志では無いことが分かるが、分かったところでいきなりの事で反応が遅れてしまう。その間にリボンが二体を縛り付けて身動きが取れなくなってしまった。
「う、動けない……」
「これは……」
 老人は急いで自分の獣魔を調べる。
 自分が用意した獣魔のはずなのだが……
「い、いつの間に?!」
 気づかぬ内に獣魔がすり替えられていた。外観と基本機能が同じで気づけなかったのだが、中身は全く別物になっていた。
 その間にも長く伸びたリボンが二機を締め上げる。スターブレイカーの背中に合体したコメットフライヤーが鈍い音を立てながら潰される。翼もへし折られ小爆発を起こし、スターブレイカーと美咲にダメージを与えた。
「うっ……」
「ミサキ殿?!」
 少女の身を案じながらも、獣魔の内部を探査する。と、老人が「術」を用いても探査できないブロックが見つかった。方法を変えて何度か調べようとしても見通すことができない。逆にそれが正体を知る手がかりになった。
「もしやこれは…… 『昏(くら)き閃光』か! いかん!」
 色々な計算が頭を巡り、老人はまだ操作できる所を無理矢理駆使して夢魔をスターブレイカーごと上昇させた。
「お爺ちゃん?!」
「ミサキ殿、申し訳ございませんが時は一刻を争いますのでご容赦を。」
 老人の真剣を通り越した怒りにも似た強い口調に、美咲も口を挟めない。
「……ミサキ殿。脱出できそうでございますか?」
「え? えっとぉ……」
 手足を動かしてみるが、上半身はガッチリ固められて逃げようがない。しかもコメットフライヤーを破壊されたスターブレイカーでは今の高度は命取りになりねない。
「どうしよ?」
「ぬぅ…… これは儂としたことが不覚を取ってしまったようじゃ。言わずに済めば良かったのですが、仕方があるまい。
 ミサキ殿、儂の乗るこの獣魔には強力な…… 爆弾のような物が積まれているようなのです。」
 昏き閃光。それは恐ろしい力を秘めたエネルギーの結晶体である。制御することはできず、爆弾のような使い方しかできない。しかも破壊力が強すぎて、全てを灰燼にしてしまうので「使えない」のだ。
「どうしてそんな物が……?」
「……どうやら儂は嵌められたようですな。ミサキ殿を巻き込んでようで申し訳ございませぬ。」
 街への被害を避けようとするのだろう。スターブレイカーと共に上昇を続ける。二人とも口を開かない。
「……ねぇ、どうしてお爺ちゃんはボクと戦おうとしたの?」
 不意に美咲が沈黙を破った。老人は少し悩んでから語り出す。
「若をお救いしたいのです。儂の方法が正しいかどうか分かりませぬが……」
 すでに眼下の街がミニチュアから地図くらいに見えてくる。それでも老人は上昇を止めない。それだけの威力である、ということなのだろう。
「……ダメだよ。ボクにはよく分からないけど、そんなに簡単に何でも諦めちゃダメ。
 考えよ! 二人とも無事にみんなの所に戻れる方法を!」
「そう、ですな……」
 老人は必死に考える。
 おそらく「昏き閃光」を止めるのは不可能。となると、この獣魔を放棄しなければならないのは確実。スターブレイカーを脱出させるに拘束しているリボンをどうにかしなければならないだろう。まずは獣魔を停止させる。
「……やってみますか。
 ミサキ殿。腕のブレードをゆっくり出していただけますか?」
「え? あ、うん……」
 腕は動かせないまでも、コズミックブレードは出すことはできる。ただ振るうことができないだけだ。射出しないようにゆるゆるとコズミックブレードを引き出す。
「ぬぅ…… むん!!」
 老人の気迫の声でコズミックブレードが宙に浮いた。
「わわっ。」
(……さすがにこれだけの重量、この老体にはきついですな。しかし!)
 意識を集中させ、コズミックブレードを操ることに専念する。おそらくあのリボン状の物はゴムに似た性質だろう。となると今の伸びきった状態では切断には弱いはずだ。
 長時間支え続けるのは無理なので、刃をわずかに添えて力を抜く。
 コズミックブレードがリボンの表面を滑ったかと思うと、その触れたところからリボンが弾けるように踊った。
「うむ。」
 が、その直後に再生力でビデオの逆回しのようにリボンが再生する。
「……うわ。」
「困りましたな。」
 こんな状況なのにどこか暢気な美咲に吊られるように老人の声から焦りが隠れる。しかし、事態はすでに限界近く逼迫していた。
(「昏き閃光」もそろそろですな。
 ……今更儂は何を迷っているのじゃ。最初からそのつもりだったはず。)
「ミサキ殿。このままではキリがございませぬ。少し手荒ですが、我慢してくだされ。」
「うん……」
 老人の言葉に何かを感じたのか、それでも何を言っても変えられないと気づいたのか、神妙に美咲が返す。
「参りますぞ!」
 ここで倒れてもいい、くらいの気迫を込めて「力」を使う。触れてもいないコズミックブレードを大きく振りかぶる。
 さっきよりも力を込めた一撃がスターブレイカーの装甲をわずかに削りながらも、リボンを数本まとめて断ち斬る。
「……!」
 痛みはあったが耐えられない程ではない。わずかに緩んだ拘束を振り払おうと身体に力を込める。長時間の戦闘とコメットフライヤーを破壊されたダメージはあるが、まだまだ精神力には余裕がある。一気にリボンを振り払おうとしたときに、不意に気配を感じて美咲は顔を上げた。
「え……」
 老人の獣魔――いや、美咲にしては夢魔――が自分に向けて手を向けていた。それだけではない。その手の中に光が見えた。
「さようなら、ミサキ殿。」
 老人が手の中の光を放つ。
「そしてありがとう。この老人の最期に付き合ってくれて……」
 混乱して防御することも忘れたスターブレイカーの胸板に光が突き刺さる。が、それには破壊の意志も込められてない、とても優しい感じのする一撃だった。
 その衝撃で夢魔から突き放されるスターブレイカー。無論、コメットフライヤーを壊されたスターブレイカーでは空を飛べずに地面に向かって落下する。
「……お爺ちゃん!」
 そして老人の夢魔は美咲を置いていくかのように更に空の高みを目指して舞い上がる。二機の距離が離れるにつれ、お互いの声も遠くなっていく。
『老人の最期の我が儘、どうか容赦願います。それと……』
 また声が遠くなる。
『若を…… バロン様をどうかお願いいたします。』
 更に遠く……
『儂にとって皆様は未来への希望。だから全てを、儂の夢を……』
「お爺ちゃん! お爺ちゃん!」
 もう声は届かない。
『託せます。』
「ダメだ、って言ったのに……」
 空を見上げながら落下するスターブレイカー。
「おい、美咲!」
「ミサキ!」
「……ふぇ?」
 わずかながら落下速度が落ちたような気がする。
 声のした方に視線を向けると、ウィングハンターとシャドウブレイカーがスターブレイカーをどうにか支えようとしていた。しかし、大きさ自体が違うので、落下速度を気休め程度に落とすくらいしかできていない。
「隼人くん! バロンくん!」
「……! 美咲、どうした?!」
「ハヤト?」
 気のせいかも知れなかったが、隼人は美咲の一言に何か違和感を感じていた。少し悩んだが自分の直感を信じることにした。
「…………」
「美咲……」
「お爺ちゃんが……」
「え?」
 不意に美咲の口からこぼれた言葉にバロンが反応する。
「……まさか?!」
 何かを察したのか、上を見上げたシャドウブレイカーがスカイシャドウに変形すると、一気に上昇をかける。支えを片方失ったスターブレイカーの落下速度が上がる。
「バロン、てめぇ!」
 エンジンの出力を上げるが、元々大きさ自体が違うので支えにすらならない。
「無茶よ! あたしじゃ持てないって!」
「だからって捨てられるかっ!」
「隼人くん! バロンくんを追って! そして止めてあげて!」
「いや……」
「早く!」
「でも……」
 今自分が支えていても無事に降りられるとは思えない。それでも最悪の事態は避けられるかも知れないのだ。
「お願い、バロンくんを止めてくれないとお爺ちゃんの思いが……」
 湿り気を帯びた美咲の声に心が揺れそうになるが、かといって美咲を見捨てるような真似は……
「……で、何か言いたいことは無い?」
 がくん、と衝撃がかかり落下速度がいきなりゼロになった。
「すまん、助かった。
 助かったついでに美咲を頼む。俺は…… あの阿呆を追う!」
 後ろを、スターブレイカーを受け止めたGフレイムカイザーとヘキサローディオンを振り返らずに隼人はウィングハンターでスカイシャドウの後を追う。
「……ま、隼人にしては上出来か。
 美咲、大丈夫?」
「麗華ちゃん……」
「何があったかは知らないけど…… いいわ、後は隼人に任せましょ。」
「そうですね。スターブレイカーのダメージも決して少なくありません。」
 心配する麗華と謙治の言葉にも美咲は首を振る。
「もう少し…… きっとボク達が目をそらしちゃいけないことが起きると思うの。」
「…………」
「…………」
 言ってる意味は良く分からないが、美咲の言葉には何か予言めいた響きが感じられた。
「そう…… じゃあ、もう少しだけね。」
 三機の巨大ロボが空を見上げた。

「主様! 真っ正面に見えましたわ!」
「……俺には見えねえな。」
「あら、それは失礼。でも大丈夫、こっちの方が速度が上よ。すぐに追いつくわ。」
 空の将の名は伊達ではない。数秒も経たぬ内に隼人の目にも漆黒の翼を捉えることができた。
「どうする?」
「止めろ、と言われた。とりあえず止めてから考える。」
「りょ〜か〜い。」
 言葉とは裏腹に、まさに猛禽の動きでウィングハンターが上昇するスカイシャドウの上に覆い被さる。
「何?!」
 すでにスカイシャドウの事は調べ済みなのか、変形システムの急所を掴んで動けないようにする。
「ハヤト! 何をする!」
「分からん。でも美咲が止めろ、というから止める。」
「離せ! 爺が! 爺が……」
 叫ぶ声にも力がこもらない。まるではぐれた親を捜す迷い子のように感じられた。
「スカイ、何か見えるか?」
「うん…… 凄い遠く。まだ上昇を続けているみたい。」
「それだっ!!」
 スカイシャドウが出力を増加させる。それでも一回り大きいウィングハンターの戒めは振り払えない。
「離せハヤト! あそこには爺が! 爺がいるんだ!!」
「ダメだ。」
 隼人の冷たい言葉にバロンも一瞬動きが止まる。
「……何故だ! 何故俺の邪魔をする!」
「さっきも言っただろ。美咲にお前を止めろ、と頼まれたからだ。」
「…………」
「主様! なんかヤバイよ!」
『大神君! 遙か上空で強力なエネルギー反応が……!』
 ウィングハンターと謙治の声が同時に警告を飛ばす。
みんな逃げてぇぇぇぇぇぇっ!!
 最後に聞こえた美咲の悲痛な叫びが迷う間を失わされた。二機絡み合ったまま急降下をかける。次の瞬間、

 闇が炸裂した。

 夜よりも暗く深い闇が空を覆った。
 星をも月をも飲み込むような闇に人々は忘れかけていた「恐怖」を思い出す。人は闇を恐れる生き物。だからこそ火を使い、明かりを生み出した。
 そんな人間が作り出したちっぽけな「光」などという物の存在すら忘れてしまいそうな圧倒的な「闇」。しかし永遠とも思える闇は現れたと同じように消えた。
「ちっ…… 主様、来ます!」
 直後、闇の弾けた余波にしか過ぎない衝撃波がウィングブレイカーとスカイシャドウに叩きつけられた。
「な……っ!」
「ぐっ……」
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」
 荒波の小舟のように翻弄され、上も下も分からなくなる。
「バロン! てめぇしっかりしやがれ!」
「ハヤト、お前こそな!」
 まだ二機の繋がりは外れていない。二人の野生の本能とも思える勘で必死に機体の体勢を立て直そうとする。
 そしてどうにか衝撃波のピークを越えたのか、再び空に静寂が戻った。
「……終わったみたいだな。」
「ああ……」
 どこかバロンの声は暗い。
「降りよう、美咲達が待ってる。」
 バロンからの返事はなかった。

 嫌な沈黙が少年少女達を包む。
 ある時点を境に、麗華達が戦っていた夢魔が消滅した。一人だけ通信が取れなかった美咲を探していて、夢魔と共に上昇していくスターブレイカーを発見したのだ。
「ボクは…… バロンくんのお爺ちゃんと戦っていたの。」
「…………」
 痛い沈黙にも耐えながら美咲が言葉を続ける。
「お爺ちゃん言っていた。バロンくんを助けたい、って言っていた。」
「……!」
 バロンが驚愕で顔を上げる。
「でもボクはお爺ちゃんもバロンくんも助けたかった。でもお爺ちゃんは……」
 無言で身体を震わせる少女。それでもまだ伝えるべき言葉が残っている。
「お爺ちゃんが最後に言ってた。ボク達が未来への希望だって。だから夢を託す、って…… ねぇ、バロンくん……」
 美咲の呼びかけにバロンは無言で背を向けた。その背には何者も近寄らせない雰囲気が漂っていた。
「悪い…… 今は一人にさせてくれ。」
 感情を抑えた声に美咲は小さく頷いた。
「バロン!」
 その背中に隼人が声を叩きつける。バロンの足が止まった。
「……逃げやがったら承知しねぇからな。」
 ああ、と言わんばかりに片手を上げると、バロンは夜へと再び歩き始めた。

 戦いが終わったのを知って、美咲達を迎えに来た和美。しかしとても声をかけられない雰囲気に和美は物陰で様子を窺っていた。顔はハッキリ見えなくても美咲が辛そうな事を告げているのは分かった。
 バロンが美咲達に背を向けて、こちらに向かって歩いてくる。その背中に兄が声をかけ、一瞬足を止めたがまた歩き出す。
 近づいてきたバロンから隠れるように物陰で息を潜ませる。きっと今の彼には自分の言葉なんて届かないだろう。
(美咲お姉ちゃんなら……?)
 また胸がイタくなる。
 普段は気配も感じさせずに歩くバロンがわずかに足音を立てながら歩いている。
 くしゃ。
「え……?」
「安心しろ。俺は負けない。」
「バロン……さん?」
 たった一瞬で自分のよく知っているバロンに戻ったような気がした。気配も感じさせずに、寂しげながらも優しい顔で自分を見下ろしている。
「あいつらを迎えに来たんだろ? 早く行った方がいいぜ。」
「……はい!」
 いつもの同じに見えるバロンがとても嬉しくて、笑顔を浮かべると和美は美咲達の方へと走っていく。夜遅くに出歩いていた妹を心配のあまりに叱る隼人を美咲が宥めている。麗華と謙治はそれをやれやれと見守っている。
(……いいな。やっぱり。)
 その光景を眩しそうに見つめると、再びバロンは夜へと消えていった。

 

 

 

小鳥遊「バロンが戦士としてのプライドをかけて美咲さんに戦いを挑みました。
 戦いは熾烈を極め、ついに決着が訪れます。
 黒き刃が白い巨人を切り裂いて……
 その日、一人の少女が雨の中に消えました。

 夢の勇者ナイトブレイカー第三十三話
『雨に消えた少女』

 夢を託すことができたら本望なのもしれないですね」

 

 

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