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2002年クリスマス記念SS
「奇跡なんて存在しない」

 

「あら……」
 落ちてきた冷たい感触に、神楽崎麗華はふと顔を上げた。
「……陳腐、なんて思ってたけど実際に見ると悪くないものね。」
「何がですか?」
 小鳥遊の研究所でのパーティの後、彼女を家まで送る、という理由で彼女と同行していた田島謙治。確かに夜も更けて女性の一人歩きはあまりお勧めできないだろう。
 麗華は答えずに天からの白い贈り物に目を細める。
「雪……ですね。」
「ほら、よくドラマとかであるでしょ。
 クリスマスの日に雪が降ってヒロインとかが『ホワイトクリスマスね』とか喜ぶの。
 自分でも経験するとは思わなかったわ。」
「感想はどうですか?」
「……そうね。
 さっきも言ったとおり悪くはないわ。
 言い方は変だけど『聖夜の奇跡』ってところかしら?」
 この時期に雪が降ることはあったりなかったりで確実ではない。どちらかと言えば珍しいくらいだ。だから「奇跡」という言葉もあながち間違いではないのだろうが……
「何かご不満ですか?」
 麗華の口調にちょっとトゲを感じて思わず聞いてしまう謙治。
「あんまり好きじゃないの。『奇跡』って言葉が。」
「嫌いなんですか? でも……」
「私たちの戦いは『奇跡』なんて言葉で片付けたくないの。
 美咲が…… いや、私たちみんなが必死で頑張ったから今までやってこれたのよ。なんか『奇跡』って外から与えられた感じしない?」
「なるほど……」
 謙治も空を見上げて足を止めた麗華の隣に並ぶ。そして小さく苦笑。
「でも僕たちがどんなに頑張っても雪は無理ですよ。」
 揚げ足取りっぽい指摘に思わず麗華は謙治を振り返る。
「……それもそうね。しかたないからこの『奇跡』だけは認めてあげるわ。」
 ツン、とお高くとまったように言うと、驚いて謙治も視線を降ろす。
 そのまま見つめ合うようになってしまうが、どちらからともなくプッと吹きだした。
「まぁ、今朝のTVで寒気が入ってきて雪になるかもしれません、とは言ってましたけどね。」
「やっぱり『奇跡』なんて言葉だけなのよ。
 海だって割れないし、パンも魚も増えるはずないのよ。」
「ロマンがないですね。」
 苦笑混じりの謙治に、麗華はフッと艶のある笑みを浮かべた。
「そうよ、女は結構現実的なのよ。」
 一歩、二歩と前に出て、まるで計算したかのように夜道を照らす街灯のスポットライトに少女の全身が照らされる。
 雪が舞い散る中、その姿は雪の妖精というよりは、氷の女王を思わせる優美さとある種の冷たさを見せていた。謙治は小さく息を飲む。
 何か窺うような、試すような視線に見つめられて謙治は光の輪に足を踏み出した。
「みんなの前では渡しづらかったのですが…… 僕からのクリスマスのプレゼントです。」
 ずっと緊張して握りしめていたのだろうか? 僅かに包装紙が乱れた細長い箱。それを当然のように受け取る麗華。でも僅かに手が震えるのを謙治に気付かせないようにするのに苦心していた。
「何かしら……」
 緊張で声にも震えそうだが、謙治も同じように緊張してそんな少女の様子に気付く余裕もない。
「あ、その、何がいいかサッパリ分からなくて…… でもふとそれが目に留まりまして。あんまり予算に余裕がなかったりしたのですが……」
 緊張を誤魔化すために饒舌になる謙治。その間に包装紙が解かれ中身が現れる。
「……ネックレス?」
「え、ええ、そうです……」
 シンプルなデザインの銀のネックレス。ペンダントヘッドには彼女を意識してか赤い石が小さく輝いている。
 麗華が気に入るかどうか、それだけが謙治には気になっていた。
「せっかくですからつけて下さりませんこと?」
 ちょっと気取った口調でチェーンの両端をつまむ麗華。謙治が受け取ったのを確認すると、街灯に照らされてキラキラ輝く長い髪を首の辺りで軽く浮かせる。
 ふとその後ろに回り込もうとして、麗華が街灯を背にしていることに気付いた。その隙間に入るのはちょっと困難。ということは……
 一瞬だけ躊躇して、そして彼女の意図していることに気付いて、それからまたさっきよりは短い一瞬だけ躊躇して、謙治は少女に近づいた。
 真っ正面から、お互いの吐息が感じられる距離で少女のうなじの辺りに手を伸ばす。目の前にその名前のように秀麗な顔があって、この距離だと否が応でも珍しくつけているコロンの香りが感じられて、自分の鼓動だけでなく相手の鼓動も聞こえそうで。
 頬が熱くなる。手が震える。でも何か心地よい。内から何か力強い物が沸き上がってきそうな感覚。
 その全てを意識しながら、そして少女の髪を引っかけないように細心の注意を払いながら手探りだけでペンダントを止める。
「…………」
「…………」
 鎖を繋いだ態勢のまま、二人の動きが止まる。言葉もなく「雪の降る音」というものが聞こえそうなくらいだ。
 鎖から手を離して、距離を少し空けて、
「……!」
 謙治は強く、そして優しく麗華を両の腕で抱きしめた。
 お互いの鼓動が重なる。
「雰囲気に流されるなんて謙治らしくないじゃない……」
 吐息混じりの声が少年の耳朶を打つ。でもその声には拒絶の意志は見られない。
「いえ……」
 冷静ではいられないはずなのだが、さっきまでの上擦ったよう様子は感じられない。
「僕は僕の意志でこうしました。
 確かに雰囲気に乗じて、というのはありますが、それでも『聖夜の奇跡』ってものではないです。」
「…………」
「ほんとのことを言えば…… いつでもこうやって麗華さんのことを感じていたいのですよね。」
「私もよ……」
 突き放すのではなく、顔を見るために二人の間が開く。
 少年の眼鏡の奥の瞳は、麗華が好きになった自信に満ちあふれた光をたたえていた。
 謙治の頬を掌で包み込むようにして、愛おしいように撫でる。
 その手が首にしがみつくようにすると、どちらからともなく目を閉じる。
 近づく二人。
 雪が舞い散る夜。街路灯のスポットライトの中、二つの影が一つに重なった。

「送るのはもうここまででいいわ。」
「え、でも……」
「少しは察しなさい。
 ……ちょっと今の顔見られたくないのよ。」
 後ろからでも耳が僅かに赤く染まっているのが分かる。
「…………」
 ぐい。
「あ……」
 歩きだそうとする麗華の手をとって強引に引き寄せた。そのまま自分の腕の中に抱き留める。
「ちょ、ちょっと……」
 照れが入って顔が赤いのが戻ってない麗華。
 いきなりの事に動揺して普段からは考えられない“らしくない”表情をしている。
「可愛いですよ、そういう姿も。」
「もう…… あんまり人に見られたくないの。」
「ええ、ですから……」
 彼女を抱きしめる腕に力がこもる。
「僕だけの独り占めです。」
 恥ずかしさのあまり腕の中でジタバタしてしまうが、その程度では謙治は離してくれない。すぐに諦めて力を抜き、抱擁されるがままになる。
「たまに凄く強引になるわよね、謙治って……」
 そういうのも悪くないんだけど、と口の中だけで呟く。
「ええ、でもT・P・Oはわきまえているつもりです。」
「だからなおさらよ……」
 開き直ったのか、謙治に身を預ける。
 しばらくそのままいて、離れるときに触れるくらいのキスをして二人は歩き出した。麗華の提案は飲まれず、結局送ることに。
 さっきの余韻があるのか、二人の間に言葉はない。
 不意に謙治が立ち止まり口を開く。
「一つだけ…… 一つだけ奇跡があるような気がします。」
「……何かしら?」
 つられて麗華も足を止める。
 振り返りひた、と正面から目を見据える。

 ――こうして、僕たちが出会った『奇跡』ですよ。

 

「奇跡」というのは本当は当たり前にあることなのでしょう。
 そんな奇跡が降る夜。それが聖夜なのかも知れません。
 気付かれない小さな奇跡たちに、メリークリスマス。