AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する

2003年クリスマス記念SS
「優しく、懐かしい……」

 

 

「……ん。……きさん。」
 柔らかな女性の声をかけられて小鳥遊(たかなし)は目を覚ました。
 いつの間にか眠っていたらしい。肩にかけられたカーディガンから自分とは違う香りが感じられる。
「……ん? ああ……」
 寝起きでショボショボした目を瞬かせながらゆっくり身を起こす。
「どうやら夢を見ていたようですね……」
「あら、」
 その女性が優しく微笑む。
「何か新しい発見はありましたか?」
 心理学者として“夢”を研究している小鳥遊はその言葉に苦笑混じりの笑みを返した。
「いやいや、なかなか難しいものです。
 ……と、これは室長のですか?」
 肩にかけられたカーディガンを丁寧に畳む。と、女性はちょっと渋い顔をしてから堅い口調になった。
「そうですわね、小鳥遊博士。」
 不機嫌そうな声音にハッと気付いた小鳥遊は慌てて言い直す。
「……あ、いや。どうもありがとうございます。“律子(りつこ)”さん。」
「どういたしまして、“一樹(かずき)”さん。」
 お互いファーストネームで呼び合うと、どちらともなく笑みを浮かべた。
 ここはアメリカのとある研究所で、小鳥遊を起こした彼女は綾摩(あやま)律子。小鳥遊の所属している研究室の室長なのだが、同じ日本人で同い年であるために友人としてのつき合いが深かった。
 ただ、二人ともそれ以上の関係か? と聞かれれば敢えて意識しないようにしているのか、口をつぐんでしまう。
「……でも今日は皆さん早いんですねぇ。」
 壁の時計に目を向けると、まだ7時をちょっと回ったところだ。
「もしかして一樹さん、気付いてないんですか?」
「えっと……?」
「今日は何月何日ですか?」
「確か…… 12月の後半だと思いましたが。」
 そうね、と溜息混じりの律子。
 熱心は結構なのだが、日夜お構いなくの研究三昧。食事も睡眠も不規則この上なく、日にちの感覚もおかしいのは日常茶飯事だ。たまに所長権限で食事に行ったり、休みに出かけたりしている内に微妙な関係になったのも事実なのだが。
「ちなみに今日は12月の24日よ。」
「……ふと、クリスマスって単語が思い当たったのですが。」
「正解よ、小鳥遊君。」
 出来の悪い生徒を諭すような律子の口調に思わず苦笑い。
「なるほど。だから皆さん早上がりだったのですか。」
 やっと納得した様子に何となく溜息一つ。
「……一樹さんのことだから、そんなことだと思いました。
 まさかとは思いますが、どなたかを待たせている、ってことはありませんよね?」
「待たせる……
 残念ながら、そのような記憶はございませんね。」
「そう……」
 ふふっ、と思わず嬉しそうな笑みを浮かべる。その笑顔に小鳥遊は鼓動が速くなるのを感じた。
「奇遇ですね。私も今宵は予定もなく、時間を持て余しているのです。」
 室長、って肩書きも楽ではありません、と言い訳するように呟く。
「…………」
 これはきっとそうなんでしょうね、と朴念仁の小鳥遊でも彼女の意図を察する。小鳥遊は無言で机の引き出しからワインを取り出した。
「自分でも何に使うか分からなかったのですが、“何か”の為にとっておいたワインです。
 ……いかがですか?」
 クリスマスらしくはないが、何とも小鳥遊らしい誘い方に笑みがこぼれるのを感じながら、律子はコーヒーサーバーから紙コップを二つ持ってきた。
 研究室にあった適当な器具を色々駆使してコルクが抜かれる。
 淡い金色の液体が紙コップに注がれ、二人が目の高さに持つ。
「何に乾杯しますか?」
「そうですねぇ……」
 少しは気の利いたことを言わないとダメなんだろうなぁ、と思いながら必死に言葉を選ぶ。
「……せっかくの聖夜に暇を持て余している不幸と、」
「そして幸運に。」
 絡み合った視線が僅かに熱を帯びる。
『乾杯。』
 紙コップが気の抜けた音を立てた。
「……あら。」
 口に広がる豊潤な味と香りに思わず感嘆の声が上がる。
「これでも、」
 まるで不思議を見せた直後のマジシャンのように手を広げる。
「“何か”の為のとっておきですから。」
 小鳥遊は「してやったり」の笑顔を浮かべた。
 ………………
 …………
 ……

 ……
 …………
 ………………
「……ん、……しさん。」
 少女の声をかけられて小鳥遊は目を覚ました。
 いつの間にか眠っていたらしい。身体を冷やさないように、とかけられた毛布には、それだけではない温もりが感じられた。
「……ん? ああ……」
 寝起きでショボショボした目を瞬かせながらゆっくり身を起こす。
「どうやら夢を見ていたようですね……」
「あら、」
 その少女の微笑に、昔見た笑顔が重なる。
「何か新しい発見はありましたか?」
 ちょっと皮肉めいた口調だったが、その中に懐かしい物を聞いたような気がした。苦笑を交えながら身を起こす。
「いやいや、とても懐かしい人に出会いました。」
「素敵な女性(ひと)、だったんですね。」
 麗華(れいか)の声に寝ぼけ頭がゆっくりと回転を始めた。
 そう。確か今はクリスマスパーティの最中であった。
 クリスマスイブの晩。研究所に集まった少年少女達。
 手料理がテーブルを飾り、賑やかさとそして温もりが“あの時”を思い出させた。
「ええ…… 素敵な女性でした。」
「…………」
 遠くを見るような目で躊躇いもなく過去形で語る小鳥遊に麗華は返す言葉を見失ってしまった。すっ、と小鳥遊が麗華を振り向く。
「麗華さんのように気高く、」
 小鳥遊の視線がいつも笑顔を絶やさない少女に向く。
「美咲(みさき)さんのように強く、」
 今度は戦えない身だからこそ皆の無事を心の底から祈っている少女を見つめる。
「和美(かずみ)さんのように優しい。
 ……そんな女性でした。」
「小鳥遊さんがそんなに絶賛されるなんて、是非とも一度お会いしてみたかったですね。」
「ええ、そうですね。
 ……と、ちょっと喉が乾いたので何か頂けますか?」
「ワインでもよろしいですか?」
「ではそれで。」
 未成年ばかりなので、あまり減ってないワインがグラスに注がれる。
 麗華が家から持ってきた値段を聞くと飲めなくなるような高級ワインなのだが……
(やはり思い出の味には敵わない、ってことですか。)
「どうかなさいました?」
 そんな顔をしていたのだろうか? 麗華が尋ねてくる。
「ああ、いえ。飲み慣れないので、なかなか難しくて……」
 いやはや、と困ったような顔をすると、しょうがないですわね、とポーズだけの麗華が小鳥遊から離れて、友人たちの輪に戻ってゆく。

「……ほんと、あなたにも会わせたかったですよ。」
 窓の外に降り積もる雪を眺めながら、小鳥遊はもう会えない女性に思いを寄せていた。

 

 聖夜の夜に白い妖精が見せた“夢”
 それは優しく、暖かく、そして懐かしい。
 あなたにも優しい夢が舞い降りますように。

 ――Joyeux noel